名古屋鉄道は2026年8月3日、広見線の新可児駅〜御嵩駅間を2029年4月1日付で廃止すると発表しました。翌8月4日に国土交通大臣へ廃止届出書を提出しています。廃止されるのは7.4kmの区間で、途中の明智駅・顔戸駅・御嵩口駅を含む5駅が対象です。運行は2028年度末まで続き、その後は代替バスへの転換が検討されています。沿線の可児市・御嵩町・八百津町が2010年度から続けてきた財政支援は、19年でひと区切りを迎えることになりました。
廃止される区間と、残る区間
対象となるのは新可児駅から御嵩駅までの7.4kmです。駅は新可児(可児市下恵土)、明智(可児市平貝戸)、顔戸(可児郡御嵩町顔戸)、御嵩口(同町中)、御嵩(同町中)の5つです。広見線全体が消えるわけではなく、犬山駅から新可児駅までの区間は廃止対象に含まれていません。名鉄名古屋方面から可児市中心部へのアクセスはこれまでどおり残ります。
この区間が開業したのは1920年8月21日です。2029年4月の廃止時点で109年目を迎えることになります。
2025年度の利用実績は、年間輸送人員が784,785人、輸送密度は1日あたり1,687人でした。駅ごとの1日平均乗降人員は次のとおりです。
| 駅名 | 所在地 | 1日平均乗降人員(2025年度) |
|---|---|---|
| 明智 | 可児市平貝戸 | 741人 |
| 顔戸 | 可児郡御嵩町顔戸 | 176人 |
| 御嵩口 | 可児郡御嵩町中 | 247人 |
| 御嵩 | 可児郡御嵩町中 | 1,099人 |
終点の御嵩駅と、途中で乗り換え客のある明智駅に利用が集中し、顔戸駅と御嵩口駅はごく小規模という構成になっています。
自治体支援は2010年度から続いていた
この区間の存廃が議論になったのは今回が最初ではありません。2007年の時点で新可児〜御嵩間の赤字は年間約2億4,000万円に達しており、当時の利用者数は10年前から52%減って約108万人、輸送密度は1日あたり2,257人でした。
この状況を受けて、2010年度から可児市・御嵩町・八百津町が赤字補填に踏み切りました。最初の3年間で総額約3億円、年額にすると約1億円という規模です。2013年度以降も枠組みは更新され、可児市が約3,000万円、御嵩町が約7,000万円という負担割合で支援が続いてきました。
それでも利用者の減少は止まりませんでした。2007年時点で約108万人だった年間輸送人員は2025年度に784,785人まで減り、輸送密度も2,257人から1,687人へ下がっています。地域が16年にわたって費用を負担し、利用促進にも取り組んできたにもかかわらず、需要が回復に転じなかったというのが今回の判断の前提です。
存続案が断念された理由と、その数字
2023年度からは国・岐阜県・名鉄も加わった勉強会が始まり、11通りの選択肢が検討されました。そのなかで有力案として残ったのが「みなし上下分離方式」です。線路や施設の維持管理費を沿線自治体が負担し、名鉄が運行に専念するという形で、2027年4月からの移行を目指して2025年8月から協議が進められていました。
しかし、この方式で自治体が担う負担は年間3.4億円と試算されました。現在の年1億円の3倍を超える金額です。3市町は2026年5月29日に協議の終了を発表し、鉄道での存続を断念しました。理由として挙げられたのは、利用者の恒常的な増加が見込めないこと、財政負担が他の住民サービスに影響を及ぼしかねないこと、物価と人件費の上昇でさらに負担が増える可能性があること、災害が起きた際の復旧費用を負担しきれないことの4点です。
その後、名鉄は2026年6月25日の取締役会で2029年4月1日の廃止を決議し、8月3日に3市町と2028年度末までの運行に関する協定を締結、8月4日に国へ届け出ました。運行協定に基づき、2027年度と2028年度も年1億円の運営費支援が続きます。内訳は御嵩町が7,000万円、可児市が3,000万円、八百津町が0円です。
この判断をどう読むか
3.4億円という数字が意味するもの
年1億円の運営費補助では続けられず、年3.4億円なら続けられたという構図は、鉄道を維持するコストの内訳がどこにあるかを示しています。1億円は営業赤字を埋めるための金額で、3.4億円には線路・橋りょう・踏切・信号といった設備の維持更新費が含まれます。開業から100年を超えた路線では、設備の老朽化が進んで更新の波が押し寄せます。日々の運行を回すお金より、インフラを持ち続けるお金のほうがはるかに重いということです。
負担割合を現在と同じと仮定すると、御嵩町の負担は年2億円台に達する計算になります。御嵩町の推計人口は2026年6月1日時点で16,314人ですから、町民1人あたり年1万4,000円を超える計算です。実際の分担がどうなるかは協議次第でしたが、この規模の負担を人口1万6,000人の町が引き受けられるかというと、現実的ではありません。3市町が「他の住民サービスに影響する」と説明したのは、率直な表現だったといえます。
需要の規模に見合った手段を選び直す作業
輸送密度1,687人という数字は、極端に少ないわけではありません。全国には輸送密度が200人を下回る路線もあり、それらと比べれば利用はある区間です。ただし、この数字を運ぶために鉄道という設備を丸ごと維持する必要があるかどうかは別の問題です。
代替バスについては、新可児駅〜御嵩駅間で約8.5kmのルート案が示されており、運賃は片道300円が検討されています。現在の広見線の同区間は330円ですから、利用者から見れば運賃はむしろ下がります。通勤・通学定期券は広見線と同額とし、市町村自主運行バスとして運行経費から運賃収入を差し引いた欠損額を自治体が補助する仕組みが想定されています。
同じ予算を使うなら、鉄道を1本維持するよりバスで複数の経路を走らせたほうが、駅から離れた集落まで拾える可能性があります。存続か廃止かという二択で考えるのではなく、需要の規模に見合った手段へ乗り換える作業だと捉えるほうが、この地域で起きていることを正確に説明できるはずです。
名鉄にとっては19年かけた撤退
名鉄の側から見ると、2010年度から自治体支援を受けながら19年間運行を続けたうえでの撤退になります。支援がなければもっと早い段階で廃止に踏み切っていた可能性が高く、逆に言えば地域が費用を負担し続けたことで19年分の時間が買われたということです。
その19年で利用者は増えませんでした。名鉄が2029年4月という3年近く先の日付を設定し、2028年度末まで運行を続ける協定を結んだのは、代替交通の設計と住民の生活の切り替えに必要な時間を確保するためです。突然運行をやめるのではなく、期限を切って軟着陸させる形が選ばれています。
旅行者への影響と、乗るなら知っておきたいこと
まず押さえておきたいのは、廃止が2029年4月1日であって、それまでは通常どおり運行されるという点です。あわてて乗りに行く必要はありませんが、逆に「まだ先だから」と後回しにしていると、末期の混雑に巻き込まれることになります。廃止が近づくと乗車を目的にした来訪者が増え、小さな駅では写真を撮る人で混み合うのが通例です。落ち着いて乗るなら、発表直後の熱が引いた2027年から2028年前半あたりが現実的です。
終点の御嵩駅は、中山道の49番目の宿場である御嶽宿の玄関口にあたります。駅舎は昭和20年代に建てられたもので、駅を出て東へ歩くと旧街道の町並みが広がります。宿場町として栄えた背景にあるのが、駅から徒歩圏にある願興寺です。弘仁6年(815年)の創建と伝わる古刹で、本尊の薬師如来坐像を含む24躰が国の重要文化財に指定されています。御嶽宿はこの寺の門前町として発達しました。名鉄名古屋駅から約1時間という距離で、鉄道の廃止が決まった終着駅と、国の重要文化財が並ぶ寺と、中山道の宿場を1日でまとめて訪ねられます。
御嵩駅へは、名鉄名古屋駅から犬山経由で広見線に乗り、新可児駅で乗り換えるルートが基本です。新可児駅で乗り換えが必要なのは、犬山方面からの列車と御嵩方面の列車で線路がつながっていないためです。この乗り換えの構造そのものが、廃止対象区間が独立した1本の支線として扱われてきた理由でもあります。
廃止後は代替バスに切り替わる見通しで、運賃は現在より安くなる方向で検討されています。観光目的で御嵩を訪ねる分には、バス転換後もアクセスの手段は残ります。ただし本数や経路が変わる可能性はあるため、2029年度以降に訪れる際は、事前に運行状況を確認してから出かけるようにしてください。
まとめ
新可児〜御嵩間の廃止は、19年にわたる自治体支援と3年間の存続協議を経たうえでの結論です。年3.4億円という試算が示したのは、100年を超えた鉄道インフラを維持する費用の重さでした。廃止まではまだ2年半以上あります。中山道の宿場と重要文化財の寺を抱える御嵩は、鉄道の話題を抜きにしても訪ねる価値のある町です。この機会に、まだ走っているうちに一度足を運んでみてはいかがでしょうか。


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